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東京高等裁判所 昭和31年(ネ)744号 判決

控訴人 坂倉育造

被控訴人 津村康

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

控訴人は、「原判決を取り消す。被控訴人は控訴人に対し、控訴人が昭和二十八年六月九日東京簡易裁判所に提出した同裁判所昭和二十七年(ハ)第三七八号賃貸料請求事件の口頭弁論調書に対する『実質的記載事項記載の許可申請書』(以下本件申請書と略称する。)を元の姿に戻し、同書類を民事訴訟の書類として扱い、かつ、訴訟記録として取り扱うときは法令に従い送付すべし。この行為が不能なときは被控訴人は控訴人に対し金五万円を支払うべし。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴代理人は本件控訴を棄却するとの判決を求めた。

当事者双方の事実上の主張、立証及び之に対する相手方の主張は、控訴人に於て、

(一)  調書に対する異議申立の期限については民事訴訟法に別段制限した規定はなく、たとい本案訴訟につき判決がされた後に於ても調書に対する異議の原因が右判決後に判明した場合には之に基き異議の申立をすることが許されるべきである。然るに控訴人が本件異議申立をした昭和二十八年六月九日当時には本案訴訟は未だ東京簡易裁判所に繋属中であつたのであるから、右申立を以て異議申立権喪失後にされた不適法なものとすべきではない。

(二)  移送決定に対し即時抗告の申立がされたときは移送の執行が停止されるだけであつて、本案訴訟の書類の提出までが停止されるのではないから、本件異議の申立が本案訴訟事件の移送決定に対する即時抗告中にされた故を以て原審の説くように右異議申立を適不法なるものと解すべきではない。

(三)  而して右異議申立書が適法であると否とに拘らず、裁判所書記官は民事訴訟法第百四十六条第二項により調書にその趣旨を記載することを要するのであり、又右異議申立が適法であるか否かは同法第二百六条により書記官所属の裁判官即ち被告が裁判すべきであつて、他の裁判官が之に関与すべきではないから、書記官は右異議申立書たる本件申請書を訴訟記録として記録のあるところへ送付しないでよいとしても、新たな事件として記録を調製すべきである。然るに書記官がこのような書面を徒らに自己の手許に置いて本案の訴訟記録の送付に便乗して移送を受けた地方裁判所に送付することは簡易裁判所でされなければならない裁判がされないこととなり、申立人から見れば簡易裁判所で受け得べき裁判を受ける権利を奪われることとなる。従つて原審の説く右異議の申立に対し何の応答をすべきでないとすることは誤つている。

(四)  民事訴訟法第三十四条第二項によれば移送の裁判が確定した場合には移送の裁判をした裁判所の書記官はその裁判の正本を訴訟記録に添付し、移送を受けた裁判所の書記官に送付することを要する旨規定しており、又明治二十三年十二月司法第一二六号訓令区裁判所書記に関する規則第七条には「順位番号は記録に於ける書類の前後を定む」とあり、従つて仮に本件申請書を他の裁判所へ送付しないでよい書類としても、村田書記官のとつた右申請書の送付編綴の順序は違法である。

(五)  右区裁判所書記規則第四条、第八条及び第十四条の趣旨から見ても訴訟記録が書記官の手許にないときその訴訟記録に附すべき書類を受け付けたときは直に之を訴訟記録のあるところへ送付するのが書記官の書類取扱上当然とるべき処置であつて、憲法第二十一条の規定によつても書記官が徒らに之を手許に保管すべきでないことは明らかである。又記録は公開されるものであるのに、書類が記録に編綴されなければ公開されないこととなる。尚又もし本件申請書が右区裁判所書記規則第八条にいわゆる「調製した記録に附すべきか又其の書類を以て新たに記録を調製すべきか又何れの帳簿に記すべきか疑ある」場合には同条により書記官は之を受領日記に記し、仮に日記の符号文字及び進行番号を附すべきであるから、村田書記官が右何れの処置もとらず単に本件申請書を自己保管することは公私を混同した法規違反の行為と見るべきである。

(六)  村田書記官は本案訴訟事件の記録の厚紙表紙の上に移送決定に対する抗告事件(東京簡易裁判所昭和二十八年(ソ)第一〇号)の厚紙表紙をつけて抗告審に送付しているが、この取扱は前記区裁判所書記規則に違反しており、抗告を別の事件として取り扱い、本案事件の記録は関係事件記録即ち参考記録として送付すれば足りる。然しながらもし村田書記官のしたように本案事件の記録をも抗告事件記録として新しい厚紙表紙をつける取扱が正しいとすれば本件申請書は本案事件記録の一部として之に編綴しなければならないものであり、村田書記官の自己保管行為には「私の心」が多分に含まれているものと考えられ、前記の表紙のつけ方から見ても右自己保管行為は矛盾があり、認容し難いものである。

と述べ、当審における検証の結果を援用した外、原判決事実摘示と同一であるから之を引用する。

理由

東京簡易裁判所に控訴人と訴外長谷川米子外四名との間の同裁判所昭和二十七年(ハ)第三七八号賃貸料請求訴訟事件が繋属し被控訴人が同事件の担当裁判官であつたところ、昭和二十八年三月二十五日に同事件を東京地方裁判所へ移送する決定をしたこと、控訴人が同決定に対し東京地方裁判所に抗告したところ棄却され、この棄却決定に対し同年六月一日東京高等裁判所に再抗告の申立をしたところ棄却され、更に最高裁判所に特別抗告したところ同年九月二十九日に却下されたこと、控訴人が昭和二十八年六月九日東京簡易裁判所における右賃貸料請求訴訟事件の昭和二十七年九月三十日及び昭和二十八年二月二十三日の各口頭弁論調書に対する異議として本件申請書を東京簡易裁判所に提出し、同日同裁判所書記官村田寿男が受理したこと、同書記官が同申請書を当時前記移送決定に対する前記再抗告事件の繋属していた東京高等裁判所に送附せずして最高裁判所が前記特別抗告を却下し右賃貸料請求訴訟の一件記録が同裁判所から東京簡易裁判所に送付された後その送付書の後に同申請書を編綴したこと、はいずれも当事者間に争のないところであつて、当裁判所は右異議申立はその申立権喪失後にされた不適法のものとするが、その理由は原判決の説くところと同一であるから、原判決の理由中この点に関する部分を引用し、右と異る見解に基く控訴人が当審に於てした(一)の主張を排斥する。

而してこのような不適法な異議の申立があつた場合にも当該裁判所としてはもし訴訟関係人の全員に異議のないときはその調書の訂正をすることも之を以て違法とすべきではないけれども、このような異議に基いて当然には調書の訂正をなし得ず、尚異議の内容を調書に記載することも許されないものと解すべく、而して右異議申立に対するその適否乃至理由の有無の裁判は少くも本案の裁判完了に至るまでに同裁判の理由を以て又は別個の裁判書を以て之を行うのを相当とするけれども右裁判の要否は暫く措き、口頭弁論調書に対する異議申立はその口頭弁論を行わしめた裁判所に対してされるのであり、従つて控訴人も自陳する通り右申立の適否乃至理由の有無の裁判は同裁判所に於て行うべきことは勿論であり、同裁判所としては本件のようにその訴訟事件の移送決定に対する不服申立中である為に記録が上級審にあつて手許にないときは一旦右記録を上級審から送付を受けた上異議に対する裁判をするか、又は移送決定に対する抗告事件が終了し上級審から記録の返還を受けた上で異議に対する裁判をすべきであつて、本件におけるように異議が書面を以て申立てられた場合に申立書を記録の存する他の裁判所に送付すべきではなく、而して叙上の事務遂行の順序から見て右申立書は之に対する裁判をする為前記のように一旦記録送付を受けた場合にその末尾に編綴するか、又は異議に対する裁判を行うべき場合であると否とを問わず、移送決定に対する不服申立事件が終了して上級審から記録の返還を受けた場合にその末尾に編綴するのが控訴人援用の区裁判所書記に関する規則(この規則は区裁判所書記の事務取扱上の訓示規定と解すべきである)に照らし記録の整頓上むしろ相当と解せられ、必ずしも記録を解体して異議申立書を受付日順に、又は異議を申立てられた口頭弁論調書の直後に編綴しなければならないものと解することはできない。

然らば前記村田書記官が本件申請書を之を受け付けた当時前記訴訟事件の記録の存した東京高等裁判所に送付せず、最高裁判所から記録の送付を受けた後その送付書の後に編綴したことは何等違法又は不当の措置とし難く、控訴人の当審における主張はすべて右と異る見解に立つて村田書記官の右適法な措置を非難するものであつて、到底認容することができない。

次に右申請書が村田書記官の保管中に控訴人主張のようにもみくちやにされたとしても控訴人から被控訴人に対し他人の行為に基ずく結果に対し之を元通りすることを求める請求権があるものと解することはできない。

然らば被控訴人に対し右もみくちやにされた本件申請書を元通りにすることを求め、及び村田書記官に本件申請書を東京高等裁判所へ送付し同裁判所をして之を記録に編綴させるべき義務があるのに之を怠つたと言うことを前提とし同書記官の監督義務者たる被控訴人に対し右申請書につき右送付及び右取扱を求め、尚以上の義務履行の場合の損害賠償を求める控訴人の本訴請求は到底理由あるものとし難く、之を排斥した原判決は相当であるから、民事訴訟法第三百八十四条、第八十九条、第九十五条を適用して主文の通り判決した。

(裁判官 内田護文 原増司 高井常太郎)

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